「無料でコンテンツを出すべき」なのは、なぜ?

いまは、だれもがクリエイターになれる時代と言われるよな。

「クリエイターとして生計を立てる」って目標をもつひとも、いるとおもう。


で、そーゆーひとが考えるのは「有料コンテンツ」を売ること。

じぶんの作品を買ってもらうことで、お金を得るって方法だ。


でも、「はじめから」そればかり考えていては、逆に「クリエイターとして生計を立てる」って目標に到達するのが遅くなるぜ。


なんでか。

ひとことでいうと「お金」は「信用が可視化されたもの」だから。



・・・「信用」って概念はさ、基本的によく見えねーよな。

ひとのアタマの中にあるものだからね。

「オレはあのひとを信用してる」ってのは、伝えない限り、わからない。


でも、そーは言っても。

いろんな手段でなんとか「可視化・数値化」されてる。


その「信用を可視化・数値化」したもののなかで「交換」したり「保存」したりできるものが「お金」。


で、ひるがえってさいしょの話。

「有料コンテンツを売る」って行為。

これは、「信用の換金手段」のひとつに過ぎない。

そのひとの信用の「いちぶ」を、可視化・数値化・交換するってこと。


そもそも、「お金」よりもひろい概念である「信用」をたくさん貯めないと、換金するものが、ねー。



だから、クリエイターとして活動はじめていきなり有料コンテンツを出すってのは、順番がめちゃくちゃだ。


セオリーは、

①コンテンツをたくさんつくってタダでバラ撒く
②徐々にそれを見てくれるひとが現れる
③つづけると「このクリエイターのつくるものは良い」って信用が貯まる
④お金を払ってでも買うひとが現れる

コレ。


なんだけど、ここで①が「タダでバラ撒く」じゃなくて「売る」だったらどうなるか。

たしかに、まぐれで小銭は入るかもしれねー。

でも②の「徐々に」の速度は?

めっちゃ遅くなる。


だって「タダで見れるもの」と「買って見るもの」が並んでたら、おおくのひとはどっちを手にとる?


だいたい、「タダで見れるもの」だ。


まーすでに「信用あるひと」だったら、新しいことをはじめたときいきなり有料コンテンツ出したっていい。

でもそれは「そのひと」っていう作品に信用がたくさんあるから成立するんだな。


これからクリエイターとしてやっていきたいと思ってる段階のひとが、有料コンテンツを売ることから始めると、いつまでたってもセオリーどおり進めない。


だから、無料でコンテンツを出していこう。そのほーが、絶対に信用がはやく貯まる。


これマジ。