「フォローしてるひと」と「身近なひと」の言ってることがぜんぜんちがって戸惑う?

なんか、実際によくきくハナシで

・じぶんがフォローしてるひと
・じぶんの身近なひと

この両者が「ぜんぜん」ちがうこと言ってることが多い。と。

それは、戸惑うよな。

例えば。

オレが「労働卒業」を日々叫んでもさ、

じぶんの身近なひとに「会社員はなんだかんだ安定してるんだから、勤めつづけろ」って言われたら…

戸惑うだろう。

こんなケースが、アチコチで発生しまくってるなと。

で、「ひとの意見を取り入れようとする」ときってのは、じぶんが「迷ってる」ときだと思うから、そんなときに、複数人がぜんぜん違うこと言ってたら、頭パンクする。

だから、そんなひとへ1つの「道筋」を示そうかなとおもって、今日は書くよ。


まず、1番伝えたいのは「すべてを確率で考えよう」っつーことだ。

確率のひくいとこをつつきだしたらキリ無いからね。

で、今回のケースの場合は、「じぶんがフォローしてるひとと、じぶんの身近なひと、どっちが能力が高いか」ってのを確率で考えるんだ。

あーもちろん、じぶんが迷ってて「意見を取りいれたい」領域に関する、能力ね。

やっぱさ、わざわざ他人の意見をきくなら能力が高いひとのをきかないと、じぶんの未来は豊かにならない。

さて。

①じぶんがフォローしてるひと
②じぶんの身近なひと

どっちが、能力が高い?

①の確率が、高いぜ。

だって、少なくと①のひとは、このインターネットの大海原(しかもめちゃくちゃ荒波)で、キミに「フォローされる」という成果を出したひとだ。

とうぜん、能力もあるだろうし「考えかた」なんかもキミと近いだろう。

じゃあ、②のひとは?

大切なひとかもしれないけど、こと「道に迷ったときに頼る」ケースにおいては、微妙。

すごく口悪く言えば「ガチャに当たった」ひとだからね。

たしかに、じぶんの身近にいるってことは、じぶんに与える「影響」はデカい。

でも、その「影響」のそもそもの根拠は「たまたま、近くにいた」ことだよな。

それ自体はさ、ま、運命的で素敵なことかもしれないけど「聞くに値する意見をもってる確率が高い」という視点で見れば、

「フォロー」というアクションをつかみ取った①のひとと、「ガチャ」に当たって近くにいる②のひとでは、どう考えても①のひとのほうが、確率が高い。

身近なひとは、じぶんの細かい事情まで知ってるから的確、と思うかもしれないけど、そもそも目指すべきゴールも考えかたがちがえば、的確にはなり得ない。

その「目指すべきゴール」や「考えかた」ってフィルターで選んだのが「フォローしてるひと」のはず。

たとえ無意識でもね。

だから、じぶんの「選定眼」を信じて、フォローした相手の言葉に重きをおこう。


身近なひととは「仲良く」やればいいんだ。

「迷ったときの意見」は「能力が高い確率」が高いひとから取り入れよう。

これマジ。