「続かない」ひとが「続けられる」よーになるには?

続けよう、と思ってもぜんぜん続かないひと、いると思うんだよな。

キツイべ。

で。

なにかを続けるには「秘訣」がある。

それは「カンタンにやめる」ことだ。

ん?なんかおかしい?

続けるために、やめる?

・・・前提として、ひとが続けられることは「生まれつき決まってる」んだ。マジで。

だから、「なにかを続ける」ってのは「じぶんが生まれ持った "続けられること" を見つける」っつーことなんだな。


ただ、じぶんが生まれ持った「続けられること」じゃないのに「なかなかやめられない」ひとがいる。

これは、続けられないひとだ。


妙に感じるよな。

やめなきゃ、続くじゃん。

と。

でも違うんだ。

本来の順番は、

①とりあえずテキトーなきっかけでなんか始めてみる

②うーん…しっくりこない…

③さっさとやめる

④また、テキトーなきっかけでなんか始める

⑤しっくりくるまで、②〜④をループ

こう。

これで、いつか「じぶんが生まれ持った、続けられること」にブチあたる。

んで、そこに至るまでは③の「さっさとやめる」をかなり繰り返してるよな。


しかし「続かないひと」は、③の決断が遅い。

なかなか、やめない。しっくりきてないのに。

だから、本来「じぶんが生まれ持った、続けられること」にブチあたらないまま、過ごしてるんだ。


ここで「やめない」んだから「続いてる」んじゃないの?って思うけど、それもちょっと違う。


「じぶんが生まれ持った、続けられること」の継続期間は、「ぶっちゃけ、死ぬまでやっててもいいな」と思える長さ。


でも「やめる決断ができなくて、続いてること」の継続期間は、せいぜい数年くらい。

しかもその間、まったく納得感もなく、しかもようやくやめたあと「なにも残ってない…」とムダだったと感じる。


すげー差じゃないかな?


「続けたい」と悩んでるなら。

まずは、「続かないことはさっさとやめる」って習慣をつけよーぜ。


そうやって、じぶんのリソースを余らせていけば、自然に続けられることにブチあたる。

「じぶんが生まれ持った、続けられること」は、「なじむ」感覚が段違いだぜ。

これが見つかってるからどーかは、「労働卒業に向けたマイビジネスつくり」にもすごく影響してくる。


これマジ。