《労働卒業》とはいうものの、労働はすべて悪なのか?

今回のテーマは「資本主義ゲームにおいて、労働はすべて悪か?」ってな話。



まず、このブログのコンセプト・目指すべきゴールは「労働卒業」だ。

これは、労働を《魔王》《ラスボス》として、討伐するよ―なモン。

だから、

労働 = 悪

って結論になるはず。


でもさー、資本主義ゲームにおいて大半のプレイヤーが序盤から余儀なくされる、この「労働」。

悪だ、悪だ、と思いながら、それでもなお「今日も労働いかなきゃ…」って過ごしてたら、さすがに生きるのがつまんねー。

だから、労働卒業を果たすまでのあいだ「労働にどんなメリットを見出すべきか」って観点で考えてみよう。

もちろん最後には討伐するとはいえ「憎しみ」以外の感情を持てるような「メリット」が労働にあればさ、前向きに進んでいけるよね。


んじゃ。

資本主義ゲームにおける労働の「メリット」ってなんだ?

「そりゃあ、すぐ金になることだろう」

なるほど、たしかに。

労働はすぐ金になるね。

でも、それは「すぐ手に入る金が必要な状況」だからメリットに感じるだけ。


ここでいう《メリット》は、

「たとえじぶんが労働しなくていい状況にあったとしても、労働をやるべき理由」

かな。

これくらいじゃないとメリットと言えない。

だから「すぐ金になる」はメリットじゃない。

つーか労働の「金銭的な部分」はすべてメリットにはならないね。

資本家が《金のために労働することは絶対にない》ことからも、それはわかる。



「うーん、そう言われても…お金のために労働しなくていい状況ならあえて労働をすべき理由なんて、ない」

こう思うかもしれないね。

でも、実は1つ。労働にはメリットがある。

これは、たとえじぶんが資本家であっても、労働にリソースを割こうとするかもしれないメリットだ。

それは、なにか。

【 ”自走”スキルの、壮大なチュートリアル 】

↑コレ。

このチュートリアル機能こそ、労働の唯一の「メリット」といえるんだ。


・・・これだけじゃ「なんのこっちゃ」ってカンジだよなw

詳しく話そう。


まず。

資本主義ゲームで勝つためには「マイビジネス」が必要だって話は、いつもしてる。

で、マイビジネスには「商品」が必要だ。

《マイビジネスを持つ》ってことは《商品を持つ》ってことだな。


じゃあさ、商品って…なによ?

「労働力を、なんらかのスキルを通じて”変換”したもの」

↑コレ。

商品ってのは《ひとの労働力》が《スキルを通じて変換》されたもの。

この概念は、わかりにくいかもしれない。

たとえば。

「工場で生産されたモノ」は、ひとのスキルが介在することなく商品となってるじゃないか、とかね。


でも。

もー少し、この「工場で生産されたモノを、ユーザーに届けるビジネス」の全体を見てみよう。


このビジネスの”生産設備”である”工場”。

この工場が設計・建設されたりとか、工場に導入する機械を開発するとか…

このあたりでかならず「なんらかのスキル」が介在してるよね。

まったくスキルを持たないひとが千人集まったって工場は完成しないべ。

工場が完成しなければ「工場で生産されたモノ」も存在しない。


だから、どんな商品も辿っていくと「スキル」を通じて「ひとの労働力」が変換されてる、と言えるんだ。


さて。じゃあここで整理すると、

①資本主義ゲームで勝つには「マイビジネス」が必要
②マイビジネスを持つには「商品」が必要
③商品を持つには「ひとのスキル」が必要

となるね。


じゃあ次の疑問は《この「ひとのスキル」って、どこにあるの?》だよな。

必要なのはわかったけど、どーやって手に入れんだ?ってね。

まず最初に思い浮かぶのは「求人して、ひとを雇えばいい」ってことだろう。

ひとのスキルは、売ってる。

スキルのレベルが高いひとほど、高く売ってるね。

なるほど。

マイビジネス・商品をつくるために「ひとのスキルを買えばいいんだな」と。

・・・

っつーのは、まだ早い。


なぜなら、それよりカンタンでシンプルな問いかけがあるからだ。

それは、

「じぶんになんかスキルはある?」

↑コレ。

もし、じぶんにスキルがあればさ、他人のスキルをわざわざ買わなくても《マイビジネス》《商品》は、持てるよね。


さて。ここで、

「じぶんのスキルを通せる労働力」は「じぶんの労働力」だけだから「労働卒業」に反するんじゃないか。

と思うかもしれない。

労働卒業めざしてるのにマイビジネスでスキルを使って労働してたら、意味ないじゃん。みたいな。


この答えは、

労働卒業の「労働」とマイビジネスつくりにおける「労働」は、いったん、べつと考えよう。

ってことだ。


「労働卒業」ってのは「他人のビジネスのための労働を卒業する」って意味だと。

もちろん最後には《完全なる労働卒業》を果たすんだけど、ひとまず、こう定義しておく。

労働卒業には《2段階》の意味があって、いま目指してるのは《1段階目》なんだ。


んで。

初期のマイビジネスつくりにおいては、じぶんのスキルを利用できれば、高い金を払って他人のスキルを調達する必要はない。

ビジネスの規模が大きくなれば他人のスキルを買うのもアリだけど、それはもーちょい後の話。


・・・


こーなると「じぶんのスキル」ってけっこー重要だなぁ、と思うよな。

スキルってどうやったら獲得できるんだ?って気持ちになってくる。


ここで「労働」のメリットが顔を出す。

スキルを得るにはそのスキルを活用してるビジネスに潜り込んで労働するのがイチバン早い。って話だ。


「いやいや、本とかセミナーで学べばいいじゃん」って?

もちろん、それもアリなんだけど、その手段はスキルが”自走”するまでとるべきじゃない。

なぜか?

まず前提として、ビジネスに組み込むよーなスキルは「トラブル処理のチカラ」がキモになる。

セオリー通りなぞるのは誰でもできるからね。


[トラブったときに解決できる]

これが、スキルの重要ポイント。


で、トラブル処理のチカラは、実際にトラブルが起きて解決しないと身につかない。


本とかセミナーだと《トラブル》が、起きないんだ。

起きたとしても「よくあるトラブル」を「疑似的に再現」するだけ。


これが、労働だったらどうか。

実際のビジネスの現場では、毎日のようにトラブルが起こる。

で、いやでもそれを解決する。

その過程でトラブル処理のチカラが身につく。



んで。

トラブル処理しながらスキルを磨くってことを一定期間つづけることで「スキル」が「自走」するようになるんだ。

つまり《自走スキル》ってのは《トラブルで止まらないスキル》ってことだな。


冒頭に、労働のメリットとしてあげた

【 ”自走”スキルの、壮大なチュートリアル 】

ってのは、こーゆーこと。


自走スキルさえ獲得できれば、あとは本やセミナーでもスキルを深めていけるし、マイビジネスで活用したとき「トラブルで止まってしまう」ことがない。


この自走スキル獲得のために、労働を活用してると考えると、労働に憎しみ以外の感情が湧いてくる。

もちろん、資本主義ゲーム攻略のために最後には討伐するんだけどね。

その過程に納得感をもたせるのもまた、大事なことだ。


労働の唯一のメリット。覚えておこーぜ。

これマジ。