"つづけるしくみ"にも「対価」を払っていると考えよう。割にあうだろうか?

今回のテーマは「労働市場でトレードされてるのは金と労働力"のみ"ではない」かな。


まず最初に、このブログのコンセプト・目指すべきゴールを確認しとこ。

それは《労働卒業》だ。


資本主義ゲームのもとでは、労働というツールだけを用いて生き抜こうとしてしまうと、豊かに楽しく生きるのがムズい。

豊かに楽しく生きてるプレイヤーの多くは《資本家》であり、労働者が資本家をめざすために必要なツールは《マイビジネス》である。と。

だから、このブログではおもに”マイビジネスのつくりかた”について、手法や考えかたを語ってることが多い。

んが。今回は

『なぜ労働がダメなんだ?』

ってほーに焦点をあてる。

コレも、労働卒業をめざすうえ必要なこと。

目指すべきゴールの《めざしかた》だけじゃなく、《なぜめざすべきか》ってのも重要な視点だよな。


さて。

なぜ資本主義ゲームでは《労働卒業》をめざすべきと思う?



『楽しく豊かに生きるためには”お金”が必要』
↓
『労働はお金を稼ぐ手段として非効率』
↓
『だから労働卒業をめざすべき』

カンタンに言えばこーゆーことだね。

でもさ、

『労働はお金を稼ぐ手段として非効率』

コレ、なんで?

『資本主義って、そーゆーしくみなんでしょ?』

といえばソレまでなんだけど、そーはいっても《その”しくみ”になった理由》があるはずだ。



労働が稼ぐ手段として非効率な理由はいくつかあるんだけど、その1つに「労働者は”つづけるしくみ”を買ってる」ってのがある。


無意識かもしれないけど、労働者はじぶんが産みだした価値の一部を”つづけるしくみの購入”にあててしまってるんだ。

だから、じぶんが産みだした価値がそのまま換金されず、受け取る金額が少ない。と。


まず。

前提として《ひとは、つづけることが苦手》だ。

すこしでも”やりたくない”ことだったら、なおさら。


でもさ、労働ってみんなある程度つづいてない?

ひとつの職場に何年・何十年単位でいるひとは多いし、「すぐ辞める」と評判のひとだって数カ月はつづいてたりする。

コレ、不自然っちゃあ不自然なんだ。

ちょっと想像してもらうとわかるとおもうんだけど、いま、労働で日々やってる作業を”自主的につづけろ”って言われたら、ムリじゃねー?

《金になるかはわからないし、なるとしても数年後》って状況だとして。

1カ月でもムリだと思う。

それが、なんで労働ならつづくかって言うと

A. 作業時間に応じて支払われる給料
B. 勤め先との雇用契約
C. うえから作業が降ってくる環境

このヘンが機能してるからだよね。

コレがなかったら、日々労働でやってる作業なんて、人間は継続してやらない。


じゃあ、翻って。

マイビジネスを用いて《資本家》と呼ばれるプレイヤーになったひとはどうか?っていうと。

A.B.C.がなくても、価値を産みだす作業をつづけて、それを積みあげたんだ。

あるいは、そのしくみで他人につづけさせて積みあげたか…

いずれにせよ自前で《つづけるしくみ》を用意したワケだな。


コレが労働者と資本家のわりと大きなちがい。


《価値を産みだしつづけて、稼ぐ》

ってのは、労働者も資本家もやってるんだけど、基本的に《価値を産みだしつづける》ってのは人間にとって不自然だしやりたくない行為。なぜなら《価値を享受してる》ほーがラクだからね。

とはいえ。

人間にとって不自然だけど[稼ぐ]ためにつづけなきゃいけない、、、ってなったときに

・労働者:つづけるしくみを”購入”
・資本家:つづけるしくみを”自作”かつ”販売”

この差が産まれた。と。

ここでイチバンまずいのは、労働者が”つづけるしくみを購入してる自覚”に乏しいこと。

それはしょーがないんだけどね。税金と同じで天引きみたいなモンだから。

”つづけるしくみの料金”コミコミの状態で、労働市場は形成されてる。

だから、労働者にはつづけるしくみを購入してる自覚があまりないんだ。

もし、

①:産み出した価値を換金して、いったんぜんぶ労働者に支払う
②:労働者は①の金で”つづけるしくみ”を買う

↑この順番だったら

『オレってこんなに価値を産みだしてるのに、”つづけるしくみ”にこんなに支払わなきゃならんのか!つづけるしくみを自分で用意する方法ってねーのか?』

ってなるひとが多いと思うんだけどね。

天引きだから

『オレが産みだせる価値の金額はこんなモンか…』

ってなってしまう。


勘違いしてほしくないのは、資本家が用意した”つづけるしくみ”には、とうぜん価値がある。

フツーに生きてたらつづけられないようなことを、このしくみのおかげでつづけられるワケだからね。


でも、ひとによっては《割高》なんじゃないか、ってこと。


ひとには嗜好性があって、《価値を産みだす行為》であっても《ラクにつづけられる》ことをうまれつき持ってる可能性がたかい。

そのうえで、マイビジネスの築きかたを学べば、つづけるしくみは自前でカンタンに構築できる可能性はある。

それができれば、労働者としてつづけるしくみを購入する必然性はなくなる。


”つづけるしくみを買わない”

↑これがどんな節約よりもデカい節約になるかもしれねーぜ。

言わずもがな、節約してムダなコストを省けば、労働卒業を果たして《豊かに楽しく》生きる状態はちかづく。

これマジ。


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