資本主義ゲームの理不尽さに辟易してるなら「どーかんがえても、じぶんも強プレイヤーである」という事実の認識からはじめよう

今回のテーマは「資本主義ゲームの理不尽さ」かな。


まず、はじめに確認しておきたいのが、このブログのコンセプト・目指すべきゴール。

それは《労働卒業》だ。


これは、資本主義ゲームと呼べるこの世界で、豊かに生きるための条件。

労働卒業を果たしたとき、資本主義ゲームが本格的にスタートすると言っても、過言ではない←


で、そのために必要なツールは「マイビジネス」で、このブログではマイビジネスのつくりかた、考えかたについて語ってることが多い。

んが。

今回はもう少し視点をあげて、そもそも「資本主義ゲーム」ってどんなモンよ?

っていう、労働卒業をめざす”舞台・環境”についての話をしようかなぁと。


まず、資本主義ゲームの大大大前提は「金持ちが、より金持ちになる」だ。

くわえて、コレにより「金持ちの家に産まれたら、ほぼ勝ち確定」でもある。


で、おおくのひとは金持ちの家に産まれないから、この事実から目を背けたくなるよね。

たしかに、じぶんが参加したゲームが「ニューゲーム時のガチャ」で勝敗が決まるゲームだったら、ガチャの結果が良くなかった時点でやめたいもんな。つまんねーし。


ただ、この資本主義ゲーム。

ゲームのルールを変えることも、ゲームを完全に降りることもできない。

まぁ「金はほんとうに最小限でいいから、豊かに生きる方法をさがす」ってひともいるし、それは資本主義ゲームを降りかけてるといえるんだけど、そーゆーひとでさえ《最小限の金》は欲してる。ゲームを降りようとして弱プレイヤーになりながら、いくばくかの金は欲する状態は、あまり健康的とは言えない。かな。

で。

この現状に《嘆く》ひとは多い。

『こんな世界クソだ』
『金持ちばかり得しやがって』
『こんな理不尽なことが続くはずない』

みたいなね。

口にしなくても、心のどこかで、こう思ってるひとも多いんじゃないかな。


でも、嘆いたところでゲームのルールも変わらないし、ゲームを完全に降りることもできない。

そう。

これは《コントロールできない》ことなんだ。

なら、そーゆーコントロールできないことを嘆く時間気力もムダになってしまうよね。


・・・逆に言えば。

《ゲームの理不尽さに嘆く》という行為を排除できれば、ほかの「嘆いてるプレイヤー」よりも”時間・気力”のうえでに有利に立てる。


言わずもがな、”時間・気力”は労働卒業を果たすうえでメチャクチャ重要なリソースだ。

ほかのプレイヤーと差を付けるチャンス。





とはいえ。ね。

「ゲームの理不尽さを嘆くな」

って言われても嘆いてしまうから人間なんだよなぁ。


ゲームの理不尽さを嘆かないためには、”嘆かない理由”が必要だ。


『いやいや。金持ちの家に産まれなかったじぶんが、金持ちの独壇場である資本主義ゲームの現状を嘆かないのはムリ』

って、思う?


そもそもさ、嘆いてしまうのはなんでだろう。

考えてみよーぜ。

・・・それは《比較》の結果だよね。


じぶんが所属する小さな集団、小さな地域。または、メディアの向こう側。

そーゆーとこにいる強プレイヤー(金持ち)を見て、じぶんと比較して、その差を嘆くんだよな。


でも、さっきも言った通り《嘆くという行為を排除》すれば、その差は縮まる。

それにはどうすればいいか?

《じぶんも強プレイヤーである》と認識できればいい。

じぶんも強プレイヤーである。
↓
だから、嘆かない。
↓
嘆かないから時間・気力に余裕ができる。
↓
時間・気力をマイビジネスつくりに投下。
↓
労働卒業を果たす。
↓
超・強プレイヤーに近づく。
↓
より、嘆かない。

この好循環を産もう。


『じぶんも強プレイヤーであると認識しろ?だから金持ちの家には産まれなかったんだってば!』

大丈夫。

このテキストを読めてる時点で、みんなほぼ《日本人》だべ。

日本人は、↑の好循環を産むのがスゲー簡単だ。


だって、日本人の時点で「全資本主義プレイヤ-の上位数%」に入れてるからね。

・・・コレは、わりとピンとくる話だと思う。

いま経済的に下降していようが、一度金持ちの国になった日本は、資本主義ゲームの原則からすれば《金持ちの家》みたいなモン。

多少ほかの国に抜かれようと、このさきもべつに金持ちだ。


だから、そこに産まれてる時点で、豊かなプレイヤー。

個人の資本がどうこう以前に、環境が豊かだからね。


『いまや日本は後進国となってしまった』

って言われたりするのは、そもそも期待値が高すぎるだけ。

世界をニュートラルに見れば、まだまだぜんぜん金持ちだし「資本主義ゲームの理不尽さに嘆かない」って目的においては、日本人であるってだけで十分にカードは揃ってる。


ただ、それでも、先述のように《嘆いてしまう》のは、「じぶんが小さな世界しか認識してないから」にすぎない。


月並みだけど、職場・学校・地域、なんかは、メチャクチャ小さな世界。

そこに目立つ強プレイヤーがいれば、じぶんと比較して嘆いてしまう。


でも、そいつらは「超・強プレイヤー」であって、じぶんだって強プレイヤーなんだ。

しかも、超・強プレイヤーになれる可能性も持ってる。


この事実を認識するために、いちばん手っ取り早いのは、海外のあちこちを旅すること。


だるさを極めし者も、3か国くらいで「あまり豊かじゃない場所」を目の当たりにしたんだけど、そのとき「日本に産まれてどんだけトクしてんだよ」って思ったからね。

(もちろん、そもそもの目的は「あまり豊かじゃない場所を見に行く」じゃないけど)


ま。

井の中の蛙大海を知らず

って言葉があるけど、みんなは

井の中の”サメ”大海を知らず

ってなカンジよ。

強いのに、強いと認識してない。みたいなね。


資本主義ゲームはたしかに理不尽。

でも、それを言ったらみんなだって理不尽をつくりだす側にいる。

それを認識して、嘆くことなく、超・強プレイヤーをめざそうぜ。


これマジ。


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