あなたの「生産嗜好性」は、なんじゃらホイ

今回のテーマは「生産嗜好性」かな。


・・・まず、はじめに確認しておきたいのが、このブログのコンセプト・めざすべきゴール。

それは《労働卒業》だ。


働くのヤダ!って感情に、真剣に向きあって、それを叶えるための情報を発信するブログね。


で、労働卒業を達成するために必要なツールは「マイビジネス」だ。

じぶんの事業、のことね。

どんなに小さくても、このマイビジネスをつくることから労働卒業への道はスタートする。



くわえて。

労働卒業をめざしてマイビジネスつくりをやるときに、推奨できる《鉄則》がある。

それは「ほとんど1人でやりきる」こと。


つまり、労働卒業に向けたマイビジネスつくりにおいては、できるかぎり他人の労働力を買わないこと。

これをベースのルールとしよう。


『なんで?資本家っていうのは他人の労働力をつかってビジネスをするんじゃないの?』

と思うかもしれないね。


ただ、労働卒業をめざすフェーズにおいては「他人の労働力を買う」だけの資本を持たないのがフツー。だよね。

で、

借金してでも…!

って考えるひともいるんだけど、いきなりそれだと精神的に安定しないし、気軽に失敗もできない。


他人の労働力を買ってビジネスを築くのは、労働卒業、自己資本が大きくなったところでやってみよう。

そう考えれば、いまはまだそのフェーズじゃないね。


現代は、労働卒業をめざすような自己資本が小さい段階では、

・無料でつかえるコンピューターリソース
・じぶんの時間と気力

コレらをつかってマイビジネスを築くのが、コスパ的には一番いい。

ただし。

ほんの数年前なら

じぶんの時間と気力を《商品の生産活動》にあてて、生産した商品を手元のスマホやPCを駆使して世の中に供給する

コレをやるだけでも、わりとマイビジネスが成功して労働卒業を果たせるケースが多かったんだ。

なんでかっていうと、コレをやるひとが少なかったから。

希少性が高かったんだね。

けど、いまはちがう。

”おおくのひと”がコレをやりだした。

だから、この行為だけでは希少性に乏しい。と。


んで。

希少性に乏しいことは、ビジネスにおいては、すごーく不利。

だから、なんらかの方法で希少性を持たせていかないといけないね。


ってことで、今回のメインテーマ。

生産嗜好性》の話に入っていこう。


まず『生産嗜好性ってなによ』ってカンジだと思うんだけどさ。

メチャクチャかんたんにいえば、じぶんが「つくるのが好き」な対象だ。

もーちょいいえば、じぶんで「価値を産みだすことに楽しさ・喜びを感じる」ような対象とも。



上述したように、労働卒業のためのマイビジネスにおいては「1人で生産活動」をする。

しかも、そこに希少性という要素を持たせる必要がある。

そのために、このじぶんの生産嗜好性が、めちゃんこ重要になるんだ。

シンプルに、好きなことってつづけるのがカンタンだし、ほかの人とかぶりにくいから希少性も持たせやすい、ってワケだね。


そんで、ここでスゲーだいじな注意点があって、

・消費するのが好き
・生産するのが好き

この2つを明確に区別すること。ね。

なぜなら、

『ゲームするのめっちゃ好きだわー』
『ゲームを開発してるとほんとに楽しい』

この2つは、めったに両立しないから。

まぁ多少の相関はあると思うけどね。

でも、消費するのが好きだからって、生産するのが好きとは直結しないから、気をつけよう。

たまに『オレはマンガが好きだ!マンガ家になる!』つってるわりに、ぜんぜん絵を描かないひととか見ない?極端に言えばこーゆーこと。

労働卒業のためのマイビジネスつくりにおいて重要なのはあくまで「生産嗜好性」であって、「消費嗜好性」は明確に区別してによけておこうね。


んで。

この生産嗜好性は「天性」のもの。

好みは生まれつき決まってて、なかなか変わるモンでもないっしょ。


つまり、じぶんの生産嗜好性は、じぶんにしかわからない。

ッつーか、じぶんですらわからないことも多い。

だから、労働卒業のためのマイビジネスつくりをしようとおもったとき、

じぶんの生産嗜好性…わからん!

って状態だったら、まずソレを明らかにするべきなんだ。

なんども言うけど、生産嗜好性はマイビジネスに継続性希少性を与えるモノだからね。

じぶんの生産嗜好性を知らずして、労働卒業をめざそうとすると難易度があがってしまう。

んで。

じゃあそのためにやることは?

っていうと、とにかく内観。これに尽きる。

具体的には、

①自己対話
②自己分析
③自己理解

この3つのステップを踏むカンジ。かな。

まず、すげー勢いでじぶんと対話する。

『コレ、どーよ。好き?なんか、キツくね?まぁでもほかに比べればマシ…なのか?…』

みたいなカンジで、いろんな生産行為についてじぶんと対話する。

で、その対話をもとに分析して理解する。と。


・・・このとき、絶対にじぶんにウソつかないほーがいいよ。


『いや、じぶんにウソなんかつけないだろ』

と、思うかもしれないけど。

気をつけて気をつけすぎることは無い。

なぜなら、人間にはサンクコストバイアスってのがあるからだ。


『サンクコストバイアス?なんじゃ?その横文字。』

サンクコストバイアスの意味を引用させてもらうと

既にお金や時間を支払ってしまったという理由だけで、損な取引に手を出し続ける心理的傾向のこと

こーゆーものだ。

『へぇ。でもそのサンクコストバイアスと、生産嗜好性を知るための内観に、なんの関係が?』

たとえば。

労働してる過程で、上司に命令されてやってる作業があるとするよね。

で、その作業をながく続けることで、そこそこ熟練したとしよう。

それを《じぶんが獲得したスキルである》と認識したとき、このサンクコストバイアスがかかる。

よーは、

『オレはこの作業をながく続けて、スキルとして獲得した。だから、この作業に対してオレは生産嗜好性がある』

っていう、ぜんぜん筋の通らない論理を展開してしまうかもしれない、ってことだ。


言わずもがな、このたとえで獲得したスキルは、もとをただせば《労働してる過程で、上司に命令されたからつづけた作業》なワケだよね。

じぶんの産まれ持った生産嗜好性とは、なんの関係もない。

にもかかわらず、《ながくつづけた》から《コスト》がかかってしまっている。

時間も気力も、もしかしたらお金も、かけてしまったかもしれないね。

このコストを《ムダだった》と結論づけてしまうと、じぶんの人生を否定するような気がしてしまう。

だから「オレは、好きでこの作業をつづけたんだ。だから生産嗜好性はココにある」と、じぶんにウソをついてしまう。

そんな傾向が人間にはあるんだな。

だから、生産嗜好性を知るための内観において、このサンクコストバイアスにはすごく気をつけよう。



さて。

今回は、生産嗜好性についての話だったワケだけど。

もーちょいそもそもの話をすると、《ひとは、基本的には生産活動が好きじゃない》んだ。

なぜなら《消費してるほうがラクで楽しいから》ね。

だから、この生産嗜好性が『だれにでもかならずあるか?』と言われるとかならずとは言い切れない。ってのが正直なところ。

けどね。そーはいっても、だいたい、なにかしらある。

で、生産嗜好性を見つけると、労働卒業は一気に近づく。

いま、見つかってないひとも内観をつづけて探し出そう。

その価値は、絶対にあるよ。

これマジ。


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